第一列
北淡線鉄道は明治34年(1901年)8月に開通し、蒸気機関車が走っていました。当時は台北駅・円山駅・士林駅・北投駅・淡水駅の5駅のみでしたが、交通の便が良くなったことで北投に温泉入浴に訪れる人が増え、周辺の旅館業の繁栄をもたらしました。
明治43年(1910年)秋、当時の台北庁長・井村大吉は、北投を大規模なレジャーエリアにするため、まず「北投温泉公衆浴場」の建設を計画し、大正2年(1913年)6月に浴場が完成すると同時に北投公園も整備し、北投地区で画期的な改造事業を行いました。
大正4年(1915年)、台北市民のレジャー需要の拡大に対応するため、北投温泉と大屯山一帯への観光交通が不足していたことから、日本政府は北投駅から温泉区へ向かう鉄道を建設し、同年4月1日に新北投支線鉄道(通称「浴場線」)が完成しました。その後6両の「気動車」を順次導入して営業に加え、新北投駅を設置しました。旅客は北門駅(1923年廃止)から新北投まで直通で行けるようになり、北投地区のさらなる繁栄を促しました。駅は北投公園の正門前にあり、開設時は「新北投乗降場」と呼ばれ、後に「新北投駅」に改称されました。これにより「新北投」という地名が生まれ、台北市近郊に位置する交通の便の良さから、台湾北部の重要な温泉レジャーエリアとして発展していきました。
初代新北投駅の建築様式は、約8か月先に完成した北門駅とかなり似ていました。1937年に新北投駅の建物は元の様式を維持しつつ北端に3分の1の面積が拡張され、再建後の新北投大駅舎は支線の終点駅であるため「丁」字型に設計されました。上の横棒が駅舎建築、真ん中の縦棒が線路とホームの方向を表し、両者は90度の角度で交差しています。その後、解体されるまで大きな変更は行われませんでした。